2021年01月08日(金) 「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」ルカ5:4
「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」ルカ5:4
漁師であったペテロが、前夜不漁であったにもかかわらず、朝に 「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」との主の言葉 を受けた。しかし朝に魚などいるわけがない。そして更に昨夜は一 匹たりとも捕れなかった。骨折り損で、全くの無駄ではないのか。 しかしペテロは、常識には全く反しているのだが「でも、おことば どおり、網をおろしてみましょう」と主の言葉に従った。 すると驚くべき大漁だった。なぜ、網をおろそうと思えたのだろう。 ぺテロは舟を降りて網を洗っていた。その時、大勢の群衆が押し合 いへし合いで、主の言葉を聞いていた。だがペテロは無関心に背を 向け聞いていなかった。徹夜の漁で心身疲労こんぱいで、一刻も早 く帰り休みたかったろう。 そんな時、主がペテロに舟を少し出すよう頼まれ、舟から群衆に語 られた。ごった返していた群衆は主の声もよく通り、よく聞けた。 ペテロは自分の持ち舟なので、舟の中で御言葉を聞かざるを得ない 状況だった。主の計らいだった。御言葉にじっくり耳を傾けた事、 それが「でも、おことばどおり」網を下ろす事に至った。 ペテロは、御言葉を聞いた事により変えられた。自分の経験値、自 分の思い、自然界の常識では、魚はいない。いるはずがない。まし てや昨夜、ベテラン漁師の自分も一匹も捕れなかった。目に見える ところはすべてが反対方向を向いているが、「でも」御言葉に従っ た。ペテロは自分軸から主の言葉を軸に従うようにされた。 私たちも、御言葉軸で生かされたい。伝道は難しい。なかなか人は 救われない。しかし主は深みに漕ぎ出して、網を下ろせと言われる。 状況は難しい、でもおことばどおりに、再度網をおろしてみよう。 そして続けよう。 ------------- 自分の経験から得たものを簡単に飛び越えられない。でも、そこに は必ず主の計らいがあるはずだ。主が押し出してくださる。信じて 漕ぎ出そう。