2005年01月09日(日)

「蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると鳥が来て食べてしまった」(マタイ13:4)


ある高齢の婦人が教会に来て聖書の学びを受けるが、全く神がわからない。幾ら聞いてもわからない。年月が経って行くが、どうしてもわからないので、祈り始めた。神様がわかるよう、自分自身が変えられるよう、この切なる祈りは答えられ、神に出会え、心に動く事のない確信が与えられた。日々に平安と喜びに満たされ、何があってもその喜びは決して消えなかった。心は感謝で一杯にされた。心の叫びは必ず届く。自分を変えて下さいとの、祈りはみこころにかなった祈りだ。自分に偏見や先入観があると、なかなか御言葉がわからない。御言葉は真理だが自分の側に問題があるのだ。だから正しく見る事が出来ない。だが、祈るならわかるようにして下さる。
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神様、あなたの御言葉を今日も聞けます事を感謝します。あなたに従うために、自分を献げて御言葉を聞けるように助けて下さい。