2006年07月09日(日)

「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです」マタイ5:3

コップに水が一杯だと、それ以上入れる事は
出来ない。しかし、空のコップなら、水を注
いで満たす事が出来る。神も空の器だけを満
たす事が出来る。貧しい人だけを満たす事が
できる。貧しいというと比較で思い描くので、
持っているが少しという感じがする。しかし、
ここでの貧しいの意味は「乞食」、皆無、人
から恵んで貰わなければ生きて行けない状態
だ。何も無い時に、主がすべてとなって私達
の内に生きられるのだ。何の取り柄もない、
能力もない、何者でもない事を喜ぶ事ができ、
それが最も幸せな者とは何という安堵であり、
平安だろう。能力があり、多く持ち、出来る
事が良い事という価値観のこの世だ。能力に、
出来る事に価値を置き、それを誇りとして頼
みとして生きている。その中で競争し、挫折し、
行き詰まる。しかし、愛を満たして下さるの
は、愛の全く無い空の所にだ。力尽きて、も
う立ち上がれない、その時こそが、大いなる
恵みの時だ。
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自分の内に何もなく、破れ果てた状態が幸い
だと言われる。みじめで哀れで、貧しくて盲目で
裸が幸いだと。いつも溢れるばかりの満ち満ち
た主を知って来たのは、自分に力尽きた時だ。
真に福音で喜びだ。