2014年02月05日(水)

「こうしてナオミは、嫁のモアブの女ルツといっしょに、モアブの野から帰って来て・・」ルツ1:22


ナオミ夫妻はベツレヘムが飢饉になった時、糧を求めて偶像の地モアブへ移住した。神の約束の地にとどまる事なく、異教の地に行ってしまった。飢饉は苦しいが、忍耐していたなら、神は必ずまた豊作にして下ったであろうに。何よりも家族の幸福を求めて、夢見て、モアブに行ったはずが、そこで夫は死に、二人の息子も死んでしまった。異国の地で、ナオミはどんなに苦労した事だろう。飢饉は辛いが、もっと苦しむ事になる選択をしてしまった。

私達もどうだろう。試練は苦しいが、そこから逃げて、別の選択をしても、結果的に更に苦しみを増す事になる。ナオミは約束の地から逃れてしまった。私達も神からの試練を逃げないで避けないで、受け入れる事が、実は一番の祝福だ。私達の益のためのものだ。その時は痛く辛く悲しいが、必ず平安の実を結ぶ。私達を聖くするために懲らしめられる。

ナオミは神に帰り、約束の地に戻ろうと立ち上がった。苦しい刈り取りをしたが、しかし、尚も神は恵み深く、憐れみは尽きず、ルツという大きな慰めを与えられた。私達も失敗しただろうか。その失敗に関わらず、神は尚も恵み深く「ルツ」が与えられている事を知る。失敗した時も、神のあわれみを求める事ができる。なぜなら、神のあわれみは尽きないからだ。慰めがどんな時にも備えられている。 
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ルツが与えられ、畑の落穂はボアズにより豊富に備えられていた。あれもこれも神様のあわれみだ。迷いやすく失敗ばかりの歩みだが今ここに恵みが注がれていると、神様を認めて歩みたい。