2014年08月07日(木)

「しかし、彼が出かけると、神の怒りが燃え上がり、主の使いが彼に敵対して道にたちふさがった」民数記22:22


ろばが、バラムにものを言った箇所は有名だ。ろばが進まないので、
バラムがろばを3度も打った。しかし実は、主の使いが、ろばの前
に抜き身の剣を持って、立ちふさがったので、ろばは進めなくなっ
たのだった。それでろばが抗議した。その時、主の使いが「敵対し
て出て来たのはわたしだ。あなたの道がわたしとは反対に向いてい
たからだ」と言った。

阻止したのは、主であった。私たちは痛い事や、苦しみは避けたい。
何とか逃れたいと思う。しかし、神は、私たちが間違った方向へ進
んでいる時、行く道を阻まれる。私たちを立ち止まらせるためだ。
それは不運なのでなく、偶然ではなく、神の取り扱いだ。そこに関
わる相手や周囲を責めるのではなく、そこに神を認め、神のの取り
扱いを認める事が大切だ。

その状況の中で、神のメッセージを受け取ろう。何を教えたいのか、
何に気づかせたいのか。今、あなたの行く手が阻まれているなら、
状況に右往左往でなく、まずそこに神を認めよう。神が立ちはだか
っておられる。その道は御心とは違うのかも知れない。


神はバラムに「彼らと一緒に行ってはならない。その民を呪っても
いけない。祝福されているからだ」と言われたにかかわらず、出て
行くバラムに、主の使いが立ちはだかった。目の前に神を認め、自
分の思いを通すのでなく、そこで神の御心を尋ね求めよう。その時、
御心の道へと導いて下さる。 
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行き詰まりも神様の答えであると、状況の中に神様のメッセージを
見て行こう。原因を探して落ち込んだり、無理に納得してしまわず
、疲れ果てる前に、御心を教えてくださいと知恵を求めよう。