2002年07月06日(土)

「イエスはパンを取って祝福し、裂いて彼らに渡された。それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった」(ルカ24:30)

二人の弟子が、エルサレムで起こっ
た出来事について語りながら、エマ
オへの道を歩いていた。イエスこそ
イスラエルをあがなって下さるはず
だと望みをかけていた、が、だめだ
った・・。二人の弟子達は失望し、
落胆、絶望の中にいた。よみが
えられた主が、途中から一緒に
道を歩かれた。しかし、失望と
絶望の中にいた二人にはイエ
スを認める事が出来なかった。
イエスは彼らに不信仰を示さ
れ、ご自身が十字架にかから
れ、死んでよみがえられるとの
御言葉の箇所を解き明かして
下さった。御言葉を聞いている
と二人の心は内に熱く燃えた。
信仰を燃え上がらせて下さった。
私達も失望落胆に陥る時、主
が見えなくなる。イエスを見失
ってしまう。しかし、御言葉に
立ち、見上げる時、イエスが
見える。神に立ち返れる。
信仰を通して、主が見える。
あなたは失望落胆で、目が
ふさがり、さえぎられてしまっ
ていないか。