2022年03月08日(火) 「主よ。私をあわれんでください。私は衰えております。主よ。私 をいやしてください。私の骨は恐れおののいています」詩編6:2
「主よ。私をあわれんでください。私は衰えております。主よ。私 をいやしてください。私の骨は恐れおののいています」詩編6:2
ダビデは人々の賞賛を受け、人気を博した事で、サウル王に妬ま れ、 嫉妬は憎しみに増幅し、日夜、命をつけ狙われる。常に死と隣り合 わせだ。理不尽な事だ。実際、間一髪で殺されかけ、切迫した身の 危険に、そのストレス、緊張状態はいかばかりであったろう。 又、他人ではなく、自分の肉親、実子に歯向かわれ、敵対攻撃され るのはどんなに辛く、心痛み、苦しい事であったろう。更にその上 に、病にも陥り、身も心もズタズタで、厳しい深刻な苦境だ。ダビ デは、神の心にかなった人だった。 信仰者になると、悩み問題が無くなり、平穏無事な日々を過ごし、 天国に至るのではない。試練はは必ず来ると、御言葉は何度も言っ ている。私達は苦しくて、とにかく目の前の問題が片づく事、去る 事を願う。ただただ悩みが無くなって欲しい。 しかし苦しみの中でこそ、神が神であられる事を身をもって知るよ うにされる。ダビデは「嘆きで疲れ果て、涙で夜ごとに寝床を漂わ せ」と、もうなすすべなく泣いて泣いて嘆いた。苦しみの中で、主 との深い交わりを経験して行く。それは苦しみの中でしか得られな い。 「主よいつまでですか」と何度も訴え、そのままの気持ちを主にぶ つけている。順境の時には決して経験出来ない。自分で何とかしよ うともがくのではなく、問題をすべて主に持ち出そう。自分で当た ると空回りだ。 心を注ぎ出し、苦しみ、悲しみ、嘆き、怒りを主に告げ、主に寄り かかり、すがろう。主はしっかりと受け止めて下さる。主との非常 に近い交わりを経験する。そして祈りは聞かれ、成長が与えられて 行く。 ------------- 苦しみ、悲しみのときは、ダビデのようにひとりだけで深く主と交 わろう。主が心の内を知っていてくださる事は限りない慰めだ。恐 れも不安も主に告げよう。