2023年09月07日(木) 「『ケイラの者たちは私を彼の手に引き渡すでしょうか・・イスラ エルの神、主よ。どうか、あなたのしもべにお告げください。』 主は仰せられた、『彼は下って来る』」Tサムエル23:11
「『ケイラの者たちは私を彼の手に引き渡すでしょうか・・イスラ エルの神、主よ。どうか、あなたのしもべにお告げください。』 主は仰せられた、『彼は下って来る』」Tサムエル23:11
ダビデは、ペリシテ人を打って、ケイラの住民を救った。その後、 ダビデ殺害のために、つけ狙うサウル王がケイラに迫っている事を 知った。普通、ケイラの人々を救ったのだから、当然、サウルに追 われているダビデを助けるはずだと思う。しかし殺害を何とも思わ ないサウルは、ケイラの人々をも平気で虐殺するだろう。 ケイラの人々もそれを恐れて、怯えて、ダビデを渡すかも知れな い。様々な思惑が巡る。ダビデは、どうしたのか。まずその事を祈 りに持って行き、主に問うた。すると主の答えは、ケイラの人々は ダビデをサウルに引き渡すというものだった。そのためダビデと部 下600人は、即、ケイラから出て、あちこちとさまよった。 ダビデがケイラから逃げたと知ると、サウルはダビデ討伐をやめ た。ダビデは荒野や要害や、ジフの荒野の山地に宿った。サウルは 執念深く、どこまでもダビデをつけ狙ったが、主が、ダビデをサウ ルの手に渡されなかった。主の主権の中であった。私たちも、どん な場合も祈りが大切で、御霊の判断を仰ぐ事が大切だ。 助けたのだから、助けてくれるだろうというのが普通の判断だ。し かしダビデが肉の判断で動いていたなら、大変な危機を身に招いて いた。人間的判断で、行動すると間違ってしまい、危険に身を投じ る事になる。常に御霊の判断、導きに目を向け、祈り心でいよう。 主は必ず御心へと私たちを導いて下さる。祈りは力だ。 -------------------- 些細なことでも経験する。先入観で祈らずに向かったものが思わぬ 方向に展開したこと。主に祈って、一番良い方法に導いていただこ う。思いを超えた主の最善が待っている。