2004年11月06日(土)

『そこでイエスは彼らに「さあ、あなたがただけで、寂しい所へ行って、しばらく休みなさい」と言われた』(マルコ6:31)

休む事に罪悪感を感じる人がいるか。動き回っていなければ気が済まず、何かしていると安心な人がいるかも知れない。又、活動によって充足感を得ようとする人がいるかも知れない。しかし、これは主の命令だ。弟子の周囲には四六時中押し寄せる大勢の人々がいた。常に主のもとに来る群衆に、同時に弟子達も取り巻かれていた。それがどんなにストレスであり疲労させるものか、主はご存じで配慮して下さった。仕事は良いものだ。しかし、過ぎると必ずひずみが出る。心身共に許容量がある。働きを横において休むよう、主は命じられた。主と静かに交わる時間は、あなたを変える。新たにされる。不必要な重荷を下ろし、なすべき事が見えてくる。世の勢力は思っている以上に凄まじい。流されているなら立ち止まろう。神第一へと優先順位が正される。静まって交われ。
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正しい活動、行動は大変良いことだ。しかし、真の満たしは行動からは来ない。主にとどまる事から、私達の求めている心の満たしは来る。一番大切なのは、主にとどまる事、生き生きとした主との関係だ。そこからしか満たしはない。的はずれにならないよう、今日も主との関係を大切にしよう。