2006年07月08日(土) 「神よ。私を探り私の心を知ってください。私を調べ・・傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください」詩139:23
「神よ。私を探り私の心を知ってください。私を調べ・・傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください」詩139:23
私達の世界で、対人関係は大きい。その様々 な関係の中で、何か心がザラつく時、暗くなる 時、とにかく平安が失せた時は、何か自分の 側が間違ったという事だ。「肉の思いは死、御 霊による思いはいのちと平安」、自分が神との 正しい関係にあれば、状況がどうであれ心は 平安だ。どんなに敵対され攻撃されても、自 分は平安だ。どこまでも相手でなく神との関係 だからだ。心に死の感覚あり、平安が無いのは、 自分に問題がある。相手に反応した結果、自 分の内に、妬みや敵対心、さばく心、又、思い 煩い、自己正当化等、何かの罪が生じ、平安 が失せた。しかし、心の苦しい気持ちの根拠が、 自分の内に見えないので、相手に置き、相手の せいにする。それが人に傷つけられた、にすり替 わる。実のところ、相手が自分の思い通りになら ないので、許せず、さばいている。しかし、気づ かずに相手に傷つけられたと思う。根にあるのは 相手を自分の思い通りにしようとする、強い思い、 自我だ。神の御前に心を開き、御霊に内を隅々 まで調べて頂こう。光に照らされない限りわから ない。間違いを指し示し、いのちの道へと導いて 下さる。 ・・・・・・・・・・・ 自分の思い通りにしたい、はエデンの園での 誘惑であり、神を捨てて、選び取った罪だ。 根深く自分の内にある。光の御使いに偽装 しでも来る。神のためと言いながら、実は自分 の思いを通したい。光のもとに自分をさらそう。