2008年02月06日(水)

「あなたがたに言いますが、このようなりっぱな信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません」ルカ7:9

百人隊長は立場上、権威というものを
身をもって知っていた。自分の指令し
た、まさにその通りに部下は動く。そ
れゆえ主イエスの権威を認め、来てい
ただくに及ばず、ただお言葉をいただ
けば十分だと言った。主の主権と権威
を心から認めていたからだ。私達はど
うだろう。主の主権と権威を、真剣に
信じているのだろうか。認めているだ
ろうか。自分の思い通りに事が運んで
いると、神を認めるのだが、自分の思
い通りでないと、何で?自分だけが不
幸で、他の人は皆幸せ、神様はひどい、
意地悪だ、なぜ?なぜ?と、ひがんだ
り、すねたり、文句タラタラだ。都合
の良い時だけ、神の主権を認め、都合
が悪くなると、手の平を返したような
態度になる。これは神中心の信仰でな
く、自分中心の信仰だ。神の栄光や神
の御思いに中心があるのでなく、自分
の思いに、自分の都合に自分自身に中
心がある。自分の思いに合っている間
は良いが、ズレて来ると神を非難する。
私達はどうだろう。百人隊長のように、
神に全主権と権威を認め、へりくだり、
どうであれ神は良くして下さる、最善
をして下さると信じて行けたらどんな
に良いだろう。その時、主は「このよ
うな立派な信仰は見たことがない」と
言って下さる。「自分の思い」という
メガネで見ている事に気づく事が祝福
の始まりだ。
・・・・・・・・・
自分を軸にすると、思い通りにならな
い事にイライラする。視点を神に置く
と神の御心がなされている事に全き平
安が来る。今日も「行く所すべてに神
を認め」よう。まず心をまっすぐにし
て平安を下さる。