2001年08月07日(火)

  「わたしをいやしてください。主よ。そうすれば、私はいえましょう」(エレミヤ17:14)

  
 ある婦人が、洋服を縫っていた。久し振りの裁縫
であり、楽しんで縫い進めていた。やがて、素晴ら
しい作品が仕上がりに近づいて来た。ワクワクして
ボタン穴を開け、ボタン付けをしていた。
その時、裾を引っ掛けて、何と、ミシンにからませ
破れを作ってしまったのだ。一瞬、作品が台無しに
なったと愕然としたが、気を取り直し修復を考えた
すると、模様の関係で、うまく合わせ、全く気づか
れないようにうまく隠せたのだ。
誰も気づく人はいなかった。うまく修復できたのだ
私達も同様に、隠れた罪、隠れた傷、人には見えな
い修復の必要な部分を持っている。
キリストの十字架の血による赦しにより、私達はど
んな罪も傷も修復されるのだ。愛と恵により内側か
ら完全に修復される。神のもとへその罪を傷を修復
の必要な部分を持って行かなければならない。
それには、まず自分が自分の罪を認めなければなら
ない。そこから始まる。