2014年06月06日(金)

「・・羊はその声を聞き分けます。彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します」ヨハネ10:3 



羊は、羊飼いの声がわかるという。しかし、羊飼いだけでなく、そ
れ以外の、様々な「声」もある。主の御声があり、サタンが語りか
け来る声もある。サタンは主の声を真似るからやっかいだ。自分の
肉から、むくむく湧き上がる声があり、又、人の声もある。様々な
「声」が混線している。

サタンは、光の御使いに変装する。神からの御声と錯覚させる。その
ため、どこからの「声」=「思い」なのか、源がどこなのか、識別
する必要がある。主の御声を確かめるためには、それは御言葉と合
致しているだろうか。聖書全般を通して、主のお心に反していない
か。

もし「苦み」があるなら、それは主からのものではない。「苦いね
たみと敵対心があるなら・・そのような知恵は上から来たもので
はなく」「地、肉、悪霊に属するもの」とある。又、次に、その声
は心に平安を与えるかどうかで判別できる。主からの御声は、心に
平安を与える。「肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのち
と平安です」。

その声で、心が暗くなり、不安、思い煩い、焦燥、恐れ・・が生じ
るなら、主以外の声だ。又、焦らせ、急かすものも、主からではな
い。主は、平安の中で導かれる。そして、その声と「環境」を照ら
し合わせると良い。主からの御声は、状況も合致して、必ずそのよ
うに開かれ導かれて行く。そこに矛盾はない。自分の思いを明け渡
すよう示される時、聞き従って行くなら、導きを悟って行ける。
-----------
様々に騒がしい声が内から聞こえる。この声は何処から来ているの
か、羊も羊飼いなる主に声を出し、尋ねながら歩もう。主が正しい
道に導き返してくださる。