2017年08月07日(月)

「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです」ピリピ3:13



他人と過去は変えられないと言われているが、過去の過失を思い、
思い煩い、くよくよする事があるだろうか。普段は目の前の事の忙
しさで、忘れて普通に生活しているが、何かがあると、あの失敗、
この過失、傷が思い出されるだろうか。フラッシュバックし、心暗
くなり、落ち込んでしまうだろうか。

悔い改めたその事は、主の十字架の血潮によって、すでに完全
に赦されているのに、またほじくり返しては悶々とする。もしあの
時、違う選択をしていたら、この時、違う対処をしていたら、あの
時ああしていれば・・、この時こうしていれば・・自分の人生は全
く違った結果になっていたかもしれない・・堂々巡りしては後悔す
る。

しかしもし神が、あなたに違った道を歩ませたければ、その時、そ
う出来なかっただろうか。この事を本気で信じているだろうか。心
の奥にとがめや不安がある時、前進が出来ない。感謝と喜びが
奪われてしまう。過去のその所に神を認めよう。

「わたしは、もはや決して彼らの罪と不法とを思い出すことはしな
い」と主は宣言されている。主が思い出さないと。そして、「内な
る人は日々新たにされている」と。日々新しくされている。今日も
完全に新しい者とされている。何と感謝な事だろう。後ろのものを
忘れ、前のものに向かって、進めと言われている。
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主にあって新しくされた立場は、その日の気分でゆらぐような不
確かなものでなく、主に捕らえられ義とされるための過程の全て
は祝福だったではないか。疑わず前を向き信じていよう。