2005年11月06日(日) 「いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです」(Tヨハネ4:12)
「いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです」(Tヨハネ4:12)
私達の対人関係はどうだろう。時々喜び でなく苦しみを経験する。しかし、一つの 答えがある。それは愛するとは、一生をか けて学んで行くものという事だ。愛はある か無いかといった簡単な薄っぺらいもの ではない。生涯かけて、日々自分を捨てな がら学ぶものだ。ある夫婦が離婚を決め、 牧師のもとへ来た。もう愛が冷めた、愛が 無いと。牧師の答えは、さあ、今から愛す る事を学び始めよう、だった。自分本位な 私達に愛は無い。徹底的に自己中心だ。 それを認める事が始まりだ。自分に、愛が 無いと知る事は祝福だ。愛は神から出る。 愛する事は学んで行ける。自分の内で古 い性質と新しい性質が葛藤しながら、砕か れながら、愛する事に成長して行く。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 本気で心底、徹底的に自分の内に愛は無 い事を認めた時に、神の愛を知る。プライド はこれを認めない。そこまでひどくないと、 思っているので、神の愛がわからない。