2006年07月07日(金)

「なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです」ローマ1:17





ある人が、「今すぐ〜してく
れたら、神様がいる事を信じ
る」と祈り、答えられたなか
った経験を証しした。後に、
神の事が少しづつわかって来
た時、いかに自己中心で、高
慢な祈りであったかと気づい
たと。何で神が自分のために、
そんな事をしなければならな
いかと。私達もともすれば、
何でも自分の願い通りに答え
られるのが、神だと思い違い
をしていないか。答えられな
いと、つぶやき、疑い、不信
仰に陥る。神が、自分の都合
の良いように動いてくれたら
信じると言う。聖書は神中心
の世界だ。私達は自己中心だ。
だから、なかなかわからない。
そうではなく、神はすでに御
子を殺して下さり、極みまで
の愛を現して下さった。
何かを貰おう式、自分、自分、
自分の利得でなく、その最愛
の愛で愛して下さっているお
方に、自分を委ねて従って行
くことが信仰だ。御霊が神中
心の信仰へと成長させて行っ
て下さる。
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神様はすでに私達に最善の義
を成して下さっている。それ
を頼り信じる事だ。それが、
次の信仰へと進ませる。目先
の利得に左右されるものでは
ない。