2009年10月06日(火)

「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか」Tサムエル15:22



サウルはサムエルが着くまで、7日間待つように言われた。サムエルがいけにえを献げるからと。7日間が過ぎたが、サムエルが来ない。そして、民はサウルから離れて行こうとしている。それを見て焦り、サウルは自分で全焼のいけにえを献げた。

そこにサムエルが到着し、サウルが主の命令を守らなかった事を告げた。
又、アマレクを打ちすべてのものを聖絶せよ、と命令を受けた時も、最も良いものを惜しみ、どうでもよいものだけを聖絶した。そして、民が惜しんだのだと、民のせいにした。

サウルのこれらの問題は何なのか。いけにえを献げる、献げない、すべてのものを聖絶する、しない、外側に出て来る行ないの問題以前に、御言葉にあるように「あなたが主のことばを退けた」「聞き従うことは、いけにえにまさり」彼の態度が、主に聞
き従わないということだ。私たちはどうだろう。

この状況では、神はこう言うが、こっちの方が良い、この考えの方が良いと、自分の思いが強く、自分の思いで動いているだろうか。大切なことは、どんな良い事をするかでなく、主の御声を聞いて、その御声に従うことだと言われる。今どうだろう。

御声をなおざりにして、無視して、自分の思いで進んでいるなら、立ち止まろう。御声に従おう。喜びと、豊かな祝福はそこから来る。
---------------------
御声に謙遜に耳を傾けよう。高慢な思いがないだろうか。外側や結果だけではなく神様はその心の動機を見ていて下さる。御声を軽んじ自分自身を通して行く事は高慢だ。