2010年02月03日(水)

「全地はあなたの前にあるではないか。・・もしあなたが左に行けば、私は右に行こう。もしあなたが右に行けば、私は左に行こう」創世記13:9



アブラハムは、激しい飢饉に会い、肉の知恵、経験、手段に頼り、エジプトに下った。そこで妻を妹と偽り、苦い危険な目に会った。再びベテルに来て、祭壇を築き主の御名によって祈った。同伴のロトとは、互いの持ち物が増え過ぎて、同行困難となり、別れる時が来た。

アブラハムハは全所有権を手放して、ロトの前に置き、まずロトに好きな所を選ばせた。ロトは、今まで世話になり、これだけの繁栄に浴した叔父への恩、目上の者への敬意、へりくだり、そういったものもなく、どこが得で、より有利かで頭が一杯だった。

見た目で判断し、肉の目で、肥沃な潤っている地を選んだ。祈る事も、神の御心を求める事もなく、自分で選んだ地は、結果的に破滅の地であった。
ロトはすべてを失い、全所有権を手放したアブラハムは、結局全地を所有することになる。

ここで、学ぶ事ができる。神の御前に全所有権を置くならば、自分で守る必要がなく、又、自分で手に入れる必要もなく、神が、私たちの分を確保し、与えて下さる。神にお任せしたものが、結局自分のものとされる。

失うまいと肉の手で握り締めるものは結局失ってしまう。「自分の命を自分のものとした者はそれを失い、自分の命を失った者は、それを自分のものとする」通りだ。選択に立たされる時には、祈ろう。確かな、間違いのない祝福の選択が与えられる。
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みこころに添っているとの確信があるからこそ、不安定な心は、平安に変えられ力強く前進できる。自分を頼るなら、いつも目の前のものにのみ込まれる。正しく導き、かえりみて下さる神様に今日も自分を明け渡して行こう。