2014年08月05日(火)

「それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です」マタイ7:12 



「自分にしてもらいたい事を、人にせよ」とあるが、自分にしても
らいたい事が人によって違う。ある人は悩みの時、放っておいて欲
しい。干渉されると煩わしい。一人で考えていたい。しかし、ある
人は放っておかれると、冷たく感じる。そのまま自分の思いを人に
適用するなら、的はずれになってしまう。

つまり自分を中心にした肉の思いで、判断するのでは無い。自分の
メガネで判断して行くと、大きなお世話、お節介になってしまう。
自分の思いを相手に押しつけるばかりだ。まず自分のメガネをはず
して、よく祈り、御霊の導きを求め、御言葉に、神のお心に照らし
合わせて、「主の御心によって」、相手に対応して行くことが必要
だ。

主の御心が最善であるから。そのため御霊の導きが大切だ。祈って、
御霊に示されて相手にした事が、喜ばれない時があるかも知れない。
しかし、それは真に相手の益のためであり、その結果を見守ってい
ると、必ず素晴らしい実を結ぶ。神の栄光が現れる。

つまり、「自分にしてもらいたいこと」とは、「神の御心」を、と
いうことだ。私たちの真の願いはそれであるはずだ。その前の「求
めなさい。そうすれば、与えられます」の通り、何が正しい事で、
御心かを祈り求めるなら、必ず正しい判断、識別を与えて下さり、
ほかの人にそのようにして行ける。
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人に善意を自分示すとき、自分なら何が嬉しいだろうと思いめぐら
す。神の御心を示すことが最善のはずだ。迷う前に主に祈り、相手
にとっての最善を主に問い祝福を祈ろう。