2016年06月05日(日)

「それからこの女は帰って食事をした。彼女の顔は、もはや以前の ようではなかった」Tサムエル1:18


思い煩いが来た時に、どう対処するだろう。「何も思い煩わない
で」と言われても・・と思うだろうか。又は、逃げるだろうか。その
事を考えたくなくて、とにかく考えまいとする。しかし問題はそこ
にずっとあるので、追いかけて来る。考えたくないが、思いに上っ
ては心に影を落とす。心は落ち込む。

又、問題を解決して、悩みを無くそうとするが、簡単に解決などつ
かず、ますます思い煩う事になる。心は辛くしんどい。主の対処法
は、ことごとく感情も気持ちも、主に告げよというものだ。思い煩
わず「願い事を主に知っていただきなさい」そうすれば、「人のす
べての考えにまさる神の平安」が約束されている。

ハンナのように、祈りのために立ち上がり、心を注ぎ出し、不安、
悲しみ、恐れ、怒り、いらだちを、あるがまま主に告げる。感情も
主にぶつけている。主は受け止めて下さる。そして自分自身を委ね
て行く。

ある人が「思い煩いを委ねます」と祈り、一時は落ち着くが、すぐ
に心配が戻って来た。又、「委ねます」と祈り、楽になるが、又、
苦しくなる。その繰り返しで、口先で委ねますと祈っている事に気
づかされた。実は、問題を握りしめていて、決して委ねてなどいな
い。

自分は委ねる事が出来ないのだと思い知らされ、その事を主に祈っ
た時に、初めて変えられた。試練は苦しいが、それによって主に近
づけられる。自分の姿が見せられ、そして親しく主を知って行く。

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思い煩いが来る度に、「主よ」と主を呼び、ことごとく告げよう。
そして問題を委ねる時に平安になるが、委ねずに、自分で握ってい
る時、いつまでも不安にさいなまれる。委ねられない事を告げて助
けを仰ごう。明け渡せるように助けて下さる。