2021年11月05日(金)

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、 感謝しなさ」Tテサロニケ4:16



私たちはどうだろう。ラッキーでハピーな事、嬉しい事は、誰でも
感謝できるし、喜べる。大豊作、昇進、受験合格、想定外の収入・
・信仰が無くとも、喜べる。だが、ハバククは全く違う事を言っ
た。
いちじくの木の花が咲かず、ぶどうもオリーブも実が無く、畑は不
作で収穫無し。羊も牛も絶えた。なすすべの無い絶望状態であっ
た。
しかしハバククはその中で喜んだ。嘆き、失望落胆、無気力にな
り、
気持ちも萎える状況の中で、なぜ喜べたのか。

「状況にあって」でなく、「主にあって」喜んだからだった。ある
人が「喜べ」との御言葉が心に来た。「主にあって喜べ」と。読む
度に、何度も〃語られた。しかし環境は「何を喜べるのか」「どこ
が喜べるのか」の状態だった。重病で入院し、辞職し、まだ仕事も
できない。しかし目に見える所を見て、御声を拒んでいる事に気づ
かされた。

状況にあってでなく、主にあって喜べと言われている。祈り、よく
考え、決心し「はい、わかりました。喜びます」と信仰により受け
取った。すると不思議が起きて心が平安にされた。視点を目の前の
状況から離して、主に持って行こう。主は万事を益とされる。災い
は一つも無く、平安と将来と希望のためのものであると。

そして主に行き当たりバッタリは無く、計画を立てておられる。何
より独り子を与えて下さるほどに愛して下さっている。目に見える
ものには凄まじい力があり、影響されてしまい、飲み込まれてしま
う。サタンだ。一言の祈りから、目が主へと転じられて行く。
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状況に関わらず喜んでいけるのは、主を知っているからだ。主の変
わらない正しさと揺るぐことのない恵みを知っている。主を見上げ
絶えず喜んでいこう。感謝を献げよう。