2010年03月05日(金)

「あなたのあわれみは大きい。主よ。あなたが決めておられるように、私を生かしてください」詩編119:156



有名な例え話がある。ある村で豪雨のため川が氾濫、避難勧告が出た。ある男が「神に愛されているから逃げない。神は必ず助けてくれる」と避難しなかった。しかし、水かさ増し、とうとう屋根に上るはめになった。そこへボートの救助隊が来た。「早く乗れ!」男は「神が助けてくれるから乗らない!」ボートは去っ
た。次はヘリコプターで救助隊が来た。しかし「神が助けてくれる!」と救助を拒んだ。

そして、男は溺れ死んでしまった。彼は天国へ行き、神に激怒した。「ずっと待っていたのに、助けてくれなかった!」神は言われた「私は3度お前を助けに行った。1度目は勧告で、2度目はボートで、3度目はヘリコプターで。それなのにお前は拒否した」。

彼の間違いは、神の救助の方法を、自分勝手に、自分の思いで、決めつけていた事だった。神は「助けて!」との祈りにちゃんと答えられた。しかし、自分の思いが強いがため、受け取る事ができなかった。

私たちも同様だ。神は、時に思いを越えた、想定外の方法で答えられる。しかし自分の強い思いがあり、自分の思い通りにしたい、との自我があり、神のみ思いが見えない。「自分を捨て」自分の思いを捨てて、神の答えを見張っていよう。
違う形で来ているかも知れない。思いを越えた祝福に会う。
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目の前のことの中にいつも神を認めて行こう。何が良くて何が悪いか、自分ではわからないのだから。不平不満が心に来る時、立ち返ってよく見てみよう。気づいていない恵みが十分に見えてくる。