2010年06月04日(金)

「あるいは罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至るのです」ローマ6:16


コ−リ−・テンブ−ムは、迫害されるユダヤ人を家にかくまったため、政治犯として捕らえられ、姉と共にドイツの強制収容所に送られた。そこでは過酷な労働と圧迫の中、日々100人を越える人々が死んで行った。身体の弱い姉もその収容所で亡くなった。書類上のミスで、奇跡によりコーリーは生き延びて、その収
容所を出た。

戦後そこでの体験、主の愛と奇跡を世界中で講演して回った。ドイツでの講演の後、握手を求めて通路を歩いて来る人々の中に、かつての収容所での残忍非道な女看守を見た。残虐な仕打ちを受けた相手だ。身体中が凍りついた。

「主よ。彼女だけは無理です。絶対に赦せません」心も凍りついていた。その相手は言った「私は主を信じました。私を赦してくれますか」「私には出来ません。
主よ!」と見上げたその瞬間「私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちに注がれているからです」の御言葉が臨み、全身を包み溶かされた。

「あなたを赦します」コーリーの選択だった。赦さずに憎み続ける道と、古い自分に死に新しい御霊の導きを選び取る道、常に二つの道が目の前にある。自我は自分を、姉を、虐待した相手を憎んでいたい。赦したくない。しかし御霊は赦される。二つの道の選択だ。

「御霊を選ぶ事ができません、助けて下さい」と叫ぼう。その時、選択できるように助けて下さる。そして喜びに満ち溢れる。
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神と共にこの世にあっても神の国に歩む者とされた。罪の奴隷となっていた以前の古い思考を無視し、御霊の導きに従うことが出来るとは、何と幸か。コーリーほどの大きな選択は出来なくても、日々の些細な事を丁寧に選んで行きたい。