2011年07月05日(火)

「国にそむきがあるときは、多くの首長たちがいる。しかし、分別と知識のあるひとりの人によって、それは長く安定する」箴言28:2


多くの首長達がいる時、十人十色の意見があり、皆違う。バラバラだ。それぞれが自分の思いがあり、独自の見解がある。一致など、とてもじゃないが望めない。日常で経験する。夫婦、親子、家庭、職場、学校、近隣で、意見が衝突し、ぶつかり合う。何かをしようとする時、決めようとする時に、それぞれ独自の主張がある。結論はどこに行き着くのだろう。押しの強い人の意見か。決して譲らない頑固な人の意見が通るのか。多数決なのか。

教会内での分裂のもとは「私の気持ちはどうなるのか」だ。皆が、私の気持ち、私の気持ち、と言い出すなら、分裂必至だ。私の気持ちが無視された、私の気持ちが通らない、私、私・・。同じ事が、外側ではなく、私達の心の中でも起きる。様々な思いが起こる。イエス、ノー、相反する思いも出て来る。

心の中にも多くの首長達がいる。肉の思いだ。何をもって決定するのか。自分の好み、楽な道か、人から言われた道か。「分別と知識」神の言葉によって、「ひとりの人」主イエスによって決定して行く時、御心にかなった、いのちの道へ導かれる。様々な肉の意見や思いで混乱する時、分別と知識のある主のもとへ行き祈り、御声に耳を傾けよう。その時、どんなに人が多くとも必ず一致がある。首長たちに振り回されていないか。
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騒がしい声が内から外から聞こえて来るが、最善の道へと導いて下さるのは主だ。その信仰に立ち、振り回されずどんな時も御心を求めて祈っていこう。自己中心や分裂や混乱や破壊に至る道は、神様からのものではない。