2016年01月05日(火)

「いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか」ヘブル12:1




私たちは信仰人生を走り続ける。それはコースだ。マラソン競技を
する時にどうだろう。オーバーを着て、かさの高いブーツをはいて、
重い荷物を持って、走るならどうだろう。そんな人はいない。良い
競技をするために、「いっさいの重荷を捨てる」ことが必要だ。信
仰生活に邪魔になる。

「思い煩い」という重荷がある。思い煩いがあると、重い荷に押し
つぶされ、その場にしゃがみ込む状態になり、全く前に進めない。
心は煩いでいっぱいで、他の事が考えられず、どんどん落ち込み、
心は暗くなり、穴の中だ。又、「律法主義」は非常な重荷となる。
「ねばならない」に入り込み、信仰生活が義務になり辛く苦しい
ばかりになる。重荷でたまらない。自分の力で歩んでいたら、自力
を捨てて、主に拠り頼もう。恵みの下に。

又、「まつわりつく罪」がある。足元に何かがまとわり、からみつ
いたらどうだろう。走る事など出来ない。罪はまとわりついて、前
に進ませない。常にからまりついて、悩まされている罪があるだろ
うか。赦せない相手がいるだろうか。憎しみや妬みはどうだろう。
握りしめて決して放せないものはどうだろう。

神以外に愛してやまないものがあるだろうか。それらを「捨てて」
とあり、今年、足にまつわりつく罪を捨てて行けるよう祈ろう。主
が取り扱って、そのようにして下さる。そして前進して行こう。こ
の一年も御霊の助けのもと、歩を進めて行こう。
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新しい年が与えられ、また目の前に走るべき道があることは何と感
謝な事だろう。華々しい毎日ではないかもしれないが、からみつく
重荷を主に渡しながら軽やかに走っていこう。