2016年11月04日(金)

「会堂管理者のひとりでヤイロという者が来て、イエスを見て、その足もとにひれ伏し『・・娘が直って助かるようにしてください』」マルコ5:22 



ヤイロの娘が危篤だ。ヤイロは、主イエスが来て下されば、必ずい
やして下さる。そう信じたので、遠距離をやって来た。主の足もと
にひれ伏して、必死に願った。「娘が死にかけています。娘の上に
手を置いて、娘が助かるようにして下さい」と。もう一刻をも争う
状況だ。早く主に来ていただきたい。

そんな時に、妨害が入った。長血の女性が癒しを求めて来たのだ。
主は、その女性を受け止め、対応され、手間取ることになる。どん
どん時が過ぎる。ヤイロはどんなに心が急いたことだろう。すると
そんな時に、決定的な事態が起きた。家から人が来て、娘は亡くな
ったと告げた。絶望的な状況だ。死んでしまったのだ。

病気なら治るが、死だけはどうにも出来ない。取り返しがつかない。
何もかもが決定的に断ち切られてしまう。しかしこのような状況で、
主は、ヤイロに「恐れないで、ただ信じていなさい」と。「信じな
さい」と。主は、そのどうにも出来ない死をくつがえされ、死をい
のちに、絶望を希望に変えられる。

ヤイロの家に入り、娘の手を取って「少女よ。起きなさい」と言わ
れた。娘はすぐに起き上がって、歩き出した。死がいのちに飲み込
まれる。主はまことの生ける神だ。死もいのちも御手の中であり、
どんな絶望的状況であっても、「恐れないで、ただ信じていなさい」
、その信仰を求めておられる。主の主権と力により、死がいのちに
飲み込まれ、神のみわざが現れる。
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主イエスが救い主であると信じて、死の恐怖からも解放されたが、
時が経つと災難も病も死もやはり恐れてつぶやいてしまう。主に、
早く来てくださったならと。恐れに惑わされずただ信じていよう。