2017年09月04日(月)

「きょう、もし御声を聞くならば、御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない」ヘブル3:15



ヘブル書に「あなたがたの先祖達は、わたしを試みて証拠を求め」
とモーセに率いられたイスラエルの民の例が出されている。約束の
地カナンに入るために、出エジプトを果たしたにかかわらず、40
年間荒野をさまよった。

あげく、約束の地に入れずに、20歳以上の者達は皆、荒野で滅ん
でしまった。ヨシュアとカレブと新世代だけが、約束の地に入った。
民達は、エジプトでの災害の奇跡と紅海が二つに分かれた大奇跡を
目の当たりにした。何も無い荒野で水が湧き、マナやうずらが降る
奇跡を見、雲の柱や様々な奇跡を見た。

見たにもかかわらず、尚も神を信じないで、約束の地に入る事を拒
んだのだ。それらの民達を教訓とするようにと警告している。彼ら
は神の言葉を聞いていた。主が乳の蜜の流れる地へ導き入れるとい
う良き知らせを聞いていた。しかし、その聞いた言葉が「信仰によ
って」結びつけられなかったため、何の益も無かった。

斥候の言うカナンの強敵について聞いた時に、神を信じる事が出来
なかった。せっかく苦難のエジプトから神は脱出させて下さったの
に、神への信仰がなく、不信仰のゆえに、荒野で死んでしまった。
私達は御声をどう聞いているだろう。受け止めずに聞き流している
だろうか。拒んでいるだろうか。

神の愛から発した、神の真実な言葉だ。その一言一言に向き合い、
従えるように祈ろう。出来ないなら、そのように告げて、助けを求
めて祈ろう。主が従えるように助けて下さる。
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内からも外からも多くの声が聞こえてくる中で、神の御言葉を、従
いますの気持ちで真剣に傾聴する姿勢が勝利の秘訣だ。御言葉を前
に聞く耳のある者となりたい。