2019年01月05日(土)

「カレブがモーセの前で、民を静めて言った。『私たちはぜひとも、 上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから』」民数 記13:30


約束の地カナンの手前まで来た時に、モーセは12人の斥候をカナン
に遣わした。そしてその報告を聞いた。ヨシュアとカレブは、良い
地であり、主が共におられるから上って行こう、必ず占領できると
言った。しかし10人は、民は強く、巨人達もいて、城壁は大きい、
とても攻め上れないと恐れた。

それを聞いた民達は恐怖で怯え、ひどい不信仰に陥った。神が与え
ると約束された地にかかわらず、エジプトにおればよかった、エジ
プトで死んでいたらよかったと、恐怖と不満で一杯で、皆でエジプ
トに帰ろうとまで言い出した。そしてヨシュアとカレブを殺そうと
言い出した。

主は「いつまで信じないのか、わたしを侮るのか」と。つぶやいた
民達は、カナンに入れず、荒野で滅びると言われた。するとそれを
聞いた民達は、今度は「罪を犯した。とにかく言われた所へ行こ
う」と山地の峰の方へ上って行こうとする。モーセは、主が共にお
られないから、行くなと止めた。敵に打ち負かされると。が、上っ
て行き見事に敗北する。

行けと言われれば行かず、行くなと言われれば行く。自分の思いが
あるばかりだ。民の姿は自らの姿かも知れない。主に従うために
「時」がある。時を逸しては、遅い。後から従おうとしても、もう
時遅しだ。民達は斥候が戻って来た時に、自分の思いでなく、信仰
に立つべきであった。神の約束に立ち、カナンへ入って行くべきだ
った。

頑なにそうせずに後悔するが、時遅かった。主の御声は愛だ。愛に
よる語りかけだ。主の愛に応答し従って行く時、更に主の愛を知る
事ができる。今、示しがあるなら御声に従おう。従う時、更に主の
愛を味わい、又、主の真実を経験して行ける。

・・・・・・・・・・・
信仰に立ったヨシュアとカレブ、恐怖で不信仰に陥った10人の斥候、
どちらも同じものを見た。全く同じものを見て、正反対の反応が出
た。これは状況は関係無く、御言葉によって見るか、単に状況だけ
を見るかだ。主を仰ぎ、現状を御言葉に照らして見よう。
★多くの年末のお励まし、新年のご挨拶を頂き感謝します。本年も
よろしくお願いします。新年も祈りを込めて配信させて頂きます。
お一人お一人に日々御言葉により、祝福が豊かにありますように。