2019年03月05日(火)

「なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです」ローマ8:29



信仰人生において「何で?どうして?」という不意の出来事が起こ
る。突然の辛い、苦しい状況に、何がどうなっているのかわからな
い。ただただ苦しいばかりだ。だがエレミヤ29:11にあるように、
決して災いは無い。目の前の苦しい事態は、平安と将来と希望のた
めのものだとある。必ず「平安」の地に着地する。

渦中ではわからないが、後になって、パズルがつながるように、神
のご計画を知ることになる。「くじは、ひざに投げられるが、その
すべての決定は、主から来る」とあり、すべての出来事に、神の支
配と主権がある。主が決められた通りに成っている。

「そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ち
ることはありません」とあり、父の許しの中で起きている。そして、
理解を越えた事態に遭遇するが、「神がすべてのことを働かせて益
として下さる」その事に神が関与して下さる。しばしば、自分が思
う最善が成ると勘違いするが、そうではなく、神が私たちのために
思われる最善だ。

それは、自分の思いと大きく違うかも知れない。しかし自分にとっ
てベストで良いことだ。その益は、自分がどんなにぐじゃぐじゃで
も、「御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです」御
子のかたちへと変えて下さる「益」だ。何と嬉しいことだろう。 
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御子の形に変えて行くためとご計画の目的は知らされている。問
題を通して何を学べばいいのだろう。何を捨てて、何を受けるのだ
ろう。主はもう一歩信仰へと進ませてくださる。