2021年02月02日(火) 「雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです」マタイ7:25
「雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです」マタイ7:25
二人の人が出て来る。賢い人と愚かな人だ。賢い人は御言葉を聞き、 愚かな人は御言葉を聞かない、であればわかりやすいが、どちらも 御言葉を聞いている。違いは、賢い人は「ことばを聞いて、それを 行なう」。愚かな人は「ことばを聞いて、それを行なわない」。愚 かな人も御言葉を学び、礼拝で喜んで御言葉を聞く人だ。 御言葉を聞かなかったり、反発しているなら、自分でもわかるが、 喜んで聞いているので、気づかない。しかし御言葉を聞いて、それ で満足してしまう。そこが問題だ。聞いて、わかった気になって、 自己満足で終わる。止まってしまう。聞くだけで行なわないなら、 自分の生まれつきの顔を鏡で見るようだと。 自分をながめてから立ち去ると、すぐに見たものを忘れてしまう。 御言葉を聞いてすぐに忘れてしまい、何も無かったことになってし まう。結局、聞かなかった事と同じだ。それなら実になることが決 してない。私たちは、すぐに忘れてしまう。真理の言葉は行なう時 に初めて、実を結ぶ。良いお話だと、御言葉を聞いて、終わりだろ うか。 何も無い時はよいが、試練の時に立ち行けず、倒れてしまうと言っ ている。「しかもそれはひどい倒れ方」と。御言葉を実行する時に、 結実し、どんな試練が来ても倒れない。聞いた御言葉を一心に見つ めて離れない人は、事を実行して行く。今、必要な事は聞いたまま でなく、その御言葉を実行することだろうか。 ------------ 主は多くの言葉を語ってくださっているのに、いざとなると自分を 土台に動いてしまう。主の固い守りを信じて主の御心を行おう。主 を土台に歩む賢い生き方をしよう。