2023年07月05日(水)

「悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されるこ とを恐れて、光のほうに来ない。しかし、真理を行なう者は、光の ほうに来る」ヨハネ3:20




ある時、パリサイ人や律法学者たちが、姦淫の現場で捕らえられた
女性を、主のもとに連れて来た。主を試して問うた。律法では、石
打ちの刑だが、あなたはどうされるのかと。主は黙ったまま、身を
かがめ、指で地面に書いておられた。彼らは、問い続けてやめない
ので、主は「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を
投げよ」と言われた。

すると、一人〃と出て行き、全員が去り、誰も、いなくなった。つ
まり彼らは、主の言葉により、内側が照らされ、自分を見た。そし
て罪を認めた。真実が現わされようとしていた。本当の自分の姿
に、
向き合うのか、それともそれを拒んで、逃げるのか。しかし、彼ら
は逃げた。主に導かれて、自分の罪を見たのに、誰も向き合おうと
せずに、全員が逃げてしまった。

しかし姦淫の女性は逃げずに、そこにいた。さばきからも逃れよう
とせずに、主のもとにとどまった。自分の罪に向き合い、認めたの
だ。その時主から「あなたを罪に定めない」との全き赦しを受け取
った。私達はどうだろう。主と自分に向き合い、自らの罪を認め、
悔い改め、新しい歩みを始めるだろうか。

見たくないものから、目をそらし逃げるなら、闇の中で、ますます
見えなくなる。罪がわかるなら、それは主による事で、御霊の光が
臨んでいる証拠だ、悔い改めよう。平安といやしが臨み、そこから
新たに歩める。
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罪を自分で何とかしようとすると逃げるしかないが、主に向き、悔
い改めるなら、主が赦しを与えてくださる。主に留まっていよう。
必要な力や新しい歩みが主からくる。