2026年03月04日(水) 「主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます・・私の 思いを遠くから読み取られます」詩篇139:1
「主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます・・私の 思いを遠くから読み取られます」詩篇139:1
大勢の群衆が、主の周囲に群がった。「多くの人々が、主の行なわ れたしるしを見て、御名を信じた」しかし「主は、ご自身を彼らに お任せにならなかった」。つまり、多くの人々が主を信じたが、主 は、彼らを信じておられなかったと。大勢が群れをなして、主を追 うのは、主を求めてでは無い事をご存じだった。 利得を求めて、主を追った。「あなたがわたしを捜しているのは、 パンを食べて満腹したから」と、自分の欲しいものが、得られるが ためだった。信じたと言っても、自分の都合次第で、願望が叶えら れている間は、ついて行くが、叶えられなければ、主から離れ去る。 この世の御利益信仰と同じだ。 利用価値があるから信じているだけで、価値が無くなれば、即、捨 てるか、別のものに移る。主を追いかける、多くの群衆はそうだっ た。裏切ったユダも、主がローマ帝国を倒し、天下を取るとの思い がはずれ、自分の思い描いた主でない事に失望した。そのため主を 捨てた。私たちは、何のために、主につき従っているのだろう。主 は、私の心をすべてご存じで、何もかもを見ておられる。 逆にそれは、誰にもわからない苦しみ、悲しみの時、何という慰め だろう。御前にありのままおれる。主は、信頼に足る信仰を探して おられる。信頼できる信仰に、ご自分を任せようと思っておられる。 主を利用するのでなく、主に自らを明け渡して、つき従おうとする 信仰を探し求めておられる。ご自身を任せられるなどと、何という 驚くべき事だろう。 -------------- 主が与えてくださる折々の慰めや励ましにより、具体的な主の心配 りを経験する。あれもこれもと祈りつつも、私を知り、心配してく ださる主に、自分自身を明け渡し、豊かに用いて頂きたい。