2001年04月03日(火)

「祈るとき、異邦人のように同じ言葉を、ただくり返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれるとおもっているのです」(マタイ6:7)

 よく機械によって川底の泥をすくいあげている
光景を見るだろう。ある時、操縦者はすくいあげた
汚泥を積み上げようとしていたが、汚泥はずり落ちて
川に流れ込んだ。機械が壊れたようになった。
操縦者は何が起こっているか気づかず愚かにも作業
を続けていた。霊的訓練で同じ危険にであう。
何が起こっているのか、本当に重要なのは何かに気
づかずに機械的に祈ったり、奉仕したり礼拝したり
している。空虚な霊的生活は無意味だ。
しかし、機械的な精神生活の型に陥る事があり得る。
そうではなく、信仰を新鮮に保ち、主との生き生き
とした交わりが機械的信仰生活を救ってくれる。
私達は毎日変えられていくよう召されている。
生き生きとした変革だ。日々の生活は空虚な日課に
なっていないか、無益な活動に我を忘れないで、神の
御顔を常に慕い求めることができるように。