2005年08月04日(木) 「私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました」(ピリピ4:11)
「私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました」(ピリピ4:11)
よく子供がオモチャ店へ行くと、次々と目移り して、一つを手に取ると横の物に目が移り、あ れもこれも欲しい。この光景は信仰生活に似て いる。神が与えて下さっているものに満足出来 ない。いつも別のものが欲しいのだ。それで平 安が無い。今の状況、環境を神からのものと、 受け取る事が大切だ。そこに平安が来る。「満 ち足りる心を伴う敬虔」が大切と言ったパウロ は「どんな境遇でも満ち足りる事を学んだ」。 自分に与えられているものに目を留め、感謝し て「満足」する事は力だ。他と比較して「無い、無 い」でなく、自分に与えられているものに感謝する なら、妬みは出て来ない。満足は、自分の思いで なく、神をみこころに従う事から生まれる。自分の 幸せをどんなに求めても満たしはない。神の国と 神の義を求めて行く時に初めて幸福と満足が ある。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 満ち足りる事も学んで行くことだ。いつもすべて の事について感謝する事、生活の中で神を第一 にして行く事、状況でなく自分でなく神に焦点を当 てて行く事、これらにより満足が来る。これは日々 の訓練で、繰り返しの練習だ。