2005年10月05日(水)

「信仰によって、サラもすでにその年を過ぎた身であるのに、子を宿す力を与えられました」(ヘブル11:11)

アブラハムに神は多くの子孫を与え、
大いなる国民とすると約束された。し
かし、なかなか子供が生まれなかった。
ハガルとの間にイシマエルが出来たが、
神の約束はそうではなく、サラに子供
を与える事だった。彼は忍耐して「待
つ」必要があった。私達はしばしば待
つ事を学ばされる。「待つ」事は難し
い。肉で「行動する」事は簡単だ。しか
し、信仰とは待ち望む事だ。待つ間に
信仰が練り鍛えられる。約束が与えら
れているか。確信を投げ捨ててはなら
ない。約束のものを手に入れるために
必要なものは忍耐だ。神はご自身の約
束を成就される。時がある。神の時は
美しい。「もし遅くなってもそれを待て。
それは必ず来る。遅れることはない」
祈りの答えを待とう。
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神は約束を必ず成就される。どれだけ
時間がかかろうと成就される。待つ時間
は、鍛えられきよめられる信仰の成長の
時だ。肉で動かず、神を信じてじっと待
とう。