2006年02月01日(水)

「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なる・・わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い」(イザヤ55:8)

神は求めよと言われる。しかし、求めた
ものを何もかも下さるという事ではない。
親が子供が求めたからと、無思慮に与
えはしない事で理解できる。危険な物も
あれば、持つに早い物もある。私達は
この願いこそ最善だと思う。しかし、私
達が良いと思うものと、神が良いと思わ
れるものがしばしば違う。神の思いは
もっと高くて深い。ある時、神は私達の
人生で、私達の前に厳然と立ちはだか
られる。絶対に妥協されない。自分の
思いが頑と通らず、自分の思いが粉々
に砕かれる。その時、神が真に神であ
られる事を知る。自分の上におられ、主
であり、崇めらるべきお方であり、万物
の支配者である事を知る。そして、自分
の思い通りに生きるのではない事を理解
する。自己中心な者が、神中心に生きる
者へと造り変えられて行く。神は先を見
通しておられ、あなたの生涯のパズルの
完成品を見ておられる。
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思い通りにならない事が感謝だ。道が閉ざ
され、壁にぶち当たる時、神は正しいので、
こちら側の軌道修正が必要だ。自らの動機や
神の御心を深く探る。必ず今まで気づかなか
った事柄に気づく。自分の思いが砕かれて行
く時、霊の目が開かれて行く。