2009年02月02日(月)

「あの方は盛んになり私は衰えなければなりません」ヨハネ3:30



バプテスマのヨハネは、「主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ」との通り、人々に福音を信じる用意として、悔い改めを説き、バプテスマを授けていた。

主もこのヨハネからバプテスマを受けられた。ヨハネは、主を「世の罪を取り除く神の小羊」と示した。そしてヨハネの弟子たちが「みなあの方のほうへ行く」と、自分達の師から、主イエスに人気が移って行く事を、寂しく思い妬んだ。

しかし、ヨハネは皆が主イエスに従うことを心から喜んだ。
悔い改めを説いたヨハネは、真に悔い改めた、へりくだった人であった。
そのような人は、自分が評価されなくても、軽く見られても心を騒がせない、動じない。

妬んだり、攻撃的になったり、自己憐憫に陥らない。
人の評価に関心が無いからだ。人々は「ヨハネがキリストか?」と思い、パリサイ人はそれを聞きに人を遣わしたほどだ。

このような評価を受けるなら、幾らでも自分に栄光を帰せる。
しかし、ヨハネはキリストではないと言明し、あの方は盛んになられ、自分は衰えなければならないと言った。

私たちの人生の目標は一つ。自分が衰えて行くことだ。自我が砕かれて、自分に死んで行く事。私たちはどれほど主に似ているだろう。
似ていないなら、あの方ではなく、自らが盛んであり、自らが主になっている事になる。
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自分が衰えて行くために、捨てなければならないものがある。御心がなりますようにとは言えない自我が、主の盛んになる事を阻んでいる。この御ことばを自分のものと出来ますように。