2009年10月04日(日)

「しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです」コリントU3:16                          

人が自分でなく、主に向いて行く時、つまり自分のために生きることを止め、神
のご計画に従って生きて行く事を決心した人は、御霊によって本当の自分の姿を
見せられて行く。

御霊によって自己中心のおおいが取り除かれる。その時初めて、「自分、自
分・・」でなく、自分の栄誉、自分を良く見られたいと思う思いより、主を知りた
いという思いに変えられて行く。主に従って行きたいと思うようになる。

「主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります」かつてこ
の世の虚しいものを求めていた者が、この世の物に支配されない、欲望満足の喜
びではない、御霊の喜びが与えられる。

欲望で縛られていた心が解き放たれ、本当の自由を味わうことができる。関心と
興味が自然に以前と違って来る。御言葉を喜び、主との交わりを喜び、霊的なも
のに食欲が湧いて来る。

「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させ
ながら栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行く」

主が喜ばれるものを、喜ぶように変えられる。主の視点で状況や事態を見るよう
に変えられ、発想や価値観が変えられる。

自分の損得や欲望のためでなく、主に喜ばれるよう生きるように変えられて行く。
愛、喜び、平安、寛容・・の実を結ぶ者とされる。主に向いて行く時に。これら
すべて御霊の働きだ。

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以前とは、確かに変えられている。価値観や発想が変えられ、自分だけのために
生きていた者が、主の御心を行なおうとしている。目が自分に向いている時、気
づきが与えられるように。御言葉は何と言っているか?主のみ思いは?