2010年11月03日(水)

「きょう、もし御声を聞くならば、御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない」ヘブル3:15



イスラエルの民は、多くの奇跡を見て、神の言葉を聞いていたに関わらず、不信仰であり心が頑なであった。出エジプトの偉大な奇跡を見たのに、荒野に出た途端、食べ物が無いと不平不満をぶつけた。つまり、神が与えて下さる事を信じない。そして、天からのマナを見て、岩から湧く水を見ても、カナン偵察した斥候
達の言葉に怯え、あのエジプトに帰ろうと言った。

神のわざを見ても、神を信じる事が無かった。いつも疑い、不満だらけで、最後まで神を信頼する事が無かった。親から繰り返し注意された事がないか。余りにもひんぱんなので「耳にたこ」とばかりに、受け流した経験がないか。聞き流してしまって、心に入らない。反省も無く、ましてや言葉も真剣に受け止めない。

これが心を頑なにするという事だ。こうなると、物理的に耳には入っても、決して心には入らない。これが繰り返されると、そのままでなく、ますます心が固くなってしまう。すると、どんどん神に対する不信仰が固められて行く。心が石のように固くなると悔い改められなくなる。これらは自分でそうしてしまっている。

民が安息に入れなかったのは不信仰のゆえだ。神の言葉をいい加減に聞いているなら、悔い改めて真剣に向かおう。必ず恵まれ祝され自分が変えられて行く。
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度々聞いている御言葉もすぐに右から左へと受けては流してしまうことがある。御言葉は、世の闇の中で唯一照らしてくれている足もとのともしびだ。真剣に自分のものとして聞いていこう。