2016年12月04日(日)

「さあ、行け。わたしがあなたの口とともにあって、あなたの言う べきことを教えよう」出エジプト4:12


モーセが、荒野で羊を飼っている時に、神により召し出された。8
0歳だった。エジプトで苦役にあるイスラエルの民を救い出すよう
にと。しかしモーセは戸惑い、気後れした。昔40歳の時に、同胞を
救おうとして失敗していた。そのためミデヤンの地に逃げて来たの
だ。

以前失敗したのに、ましてや、この歳になって、何も持たない一介
の羊飼いの自分に、何ができると言うのか。到底、考えられない事
のように思える。しかし神は「わたしはあなたとともにいる。これ
があなたのためのしるしだ」と。そしてモーセの不安や問いに答え、
一つ一つ不安を埋め、説得して行かれる。

神ご自身が、あらゆる不思議でエジプトを打ち、民を去らせるよう
にすると。その通りに目の前で奇跡をされた。モーセの杖を蛇に変
え、ふところに入れた手をらい病にし、元に戻された。だが、尚も
モーセは、自分は言葉の人ではないと、尻込みする。するとわたし
が口にあって、言うべき事を教えると。そのままで良い。神ご自身
が成し遂げると。

結局、神はアロンを備えられた。自分の知恵と力で行くのではない。
神が「行け」と言われたからには、すべての知恵、判断、必要な力
を与えて下さる。神が常にともにおられ、神ご自身がみわざをする
と。もし、神があなたを何か新しい事柄に召しておられるなら、神
を信じて、一歩を踏み出そう。又、今の遣わされた場に、神は共に
おられ、あなたを用いて、みわざを成し遂げられる。

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主に示されて、新しい事に、未知の事に進む時、尻込みしてしまう。
不安や恐れ、思い煩いに襲われる。しかし「さあ、行け」と言われ
る。必要な知恵、力、指針は、自分の内からではなく、主から来る
からだ。示しがあるなら、主に拠り頼んで、一歩を踏み出そう。