2017年03月04日(土)

「これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです」マルコ7: 23 



御言葉は「人から出るもの、これが、人を汚す」「内側から、すな
わち、人の心から出るものは悪い考え、不品行、盗み、殺人・・」と、
外からでなく、内側から悪が出ると言っている。「外側から人に入
って来るものは、人を汚すことができない」と。

ところが、対人関係で問題が生じると、どうしても相手が悪いと思
ってしまう。自分に何かの原因があるとは思わず、相手に原因を探
す。相手のせいでこの苦しみが起きていると。相手次第で、問題は
解決すると思っている。相手が変わる事を願う。しかし、御言葉に
よると、外側の問題でなく、自分の内側から悪が出ていると。

敵対心を抱いていたり、裁いていたり、見下したり、憎んだり・・そ
れが罪となり、自分の心から平安を奪っている。「隣人を愛しなさ
い」との律法を行なっていないので、心が苦しくなっている。しか
し、自分の事はいっさい見えず、相手の問題だとしか思えない。そ
の前の箇所の「その心は、わたしから遠く離れている」と言われた
パリサイ人と同じになってしまう。なかなか自分の内側はわからな
い。

しかし、新たにされた私たちに、御霊は絶えず気づきを与えるよう
に働いておられる。心の闇を照らす光だ。そして主の十字架の血潮
により、邪悪な良心がきよめられている。主から目を離さず、主に
近づいて行く時に、御言葉が心に入り、まず内側から喜びで満たさ
れて行く。その時、御霊に導かれ、正しく見ることができて、与え
られた御心を行なってゆける。

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様々な事で心が辛い時に環境が悪いと思う。又、対人関係なら、相
手により自分が苦しいので相手が悪いと思う。だが、もしそこに主
を置くと見方が変わる。外側でなく内側の問題だと。自分と主との
間が平安であるように従って行く時、どんな中でも平安にされる。