2024年02月01日(木) 「人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているな ら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなた がたは何もすることができないからです。」ヨハネ15:5
「人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているな ら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなた がたは何もすることができないからです。」ヨハネ15:5
ある人が習い事に通っていた。そこでの対人関係に辛いものがあっ た。その中の一人の言動が、心に刺さった。嫌な思いをして帰宅し ていた。心悶々状態だった。そんな日々が続いた。自分は何とか愛 をもって接っそうとするが、出来ない。尚も悶々で、辞める事も考 えた。しかしその教室の指導者が、ちょっと名の通った、技術を持 った人物だったので、習い続けたかった。 それで主の御前に、ことごとく打ち明け、さらけ出し祈った。その 時に、自分は一方的に被害者だと思っていたが、自分も相手の言葉 や態度を根に持ち、怒り、恨み、憎しみがある事に気づかされた。 主の御前に心から悔い改めた。その時、悶々が消えて、心がすっき りした。主を感じた。自分では愛することは出来なかったので、主 にゆだねた。心は平安だった。 そして次に教室に行った時に、自分でも驚いたが、何と、自分から 話しかけたのだ。自分でなく御霊の働きだった。不思議が起きた。 心楽しく話せて、趣味が同じである事がわかった。本を貸し合う仲 とされた。この事を通して、すべては御霊による事を強く教えられ た。 私たちも同様だ。「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によ って」の通り、御霊によらなければ、何一つ出来ない。主の栄光を 現して行くのは、御霊によることだけであって、主を離れた、肉の 力で行なう事は、栄光を現わすことができず、実を結べないことを 教えられる。 ------------ 主との交わりの手応えを感じると、自分では到底できない事も主が 喜ばれる方へいこうと思いが変えられる。主が導いてくださる事が 嬉しい。主にとどまり実を結んでいこう。