2003年07月04日(金)

『ダビデは言った「そんな男は死刑だ」ナタンは言った「あなたがその男です」ダビデは言った「私は主に対して罪を犯した』(Uサムエル12:7)


 ある偏屈で近眼の老人が目の前の老人を見て、何と
年寄り臭い男だ。背が曲がり、器量は悪い、何と不格
好なみすぼらしい老人だと言った。
しかし、彼は鏡の前に立っていたのだ。他人だと思っ
ていたのは、実は自分の姿だったのだ。
姦淫と殺人と言う大罪を犯したダビデはナタンに一つ
の物語を指し示された。多くの羊を持っていた金持ち
がたった一匹の子羊しかなく大切にしていた貧しい者
から奪った話しだ。ダビデはその子羊を奪った者に裁
きを下した時に、自分自身に裁きを下したのだ。
自分の欠点はわからないが、他人の欠点や罪ははっき
りとわかる。御言葉は鏡だ。鏡がなければ顔の汚れは
見えない。御言葉がなければ罪はわからない。
鮮明に御言葉が罪を照らし出す。