2008年03月04日(火)

「主に信頼し、主を頼みとする者に、祝福があるように。その人は・・日照りの年にも心配なく、いつまでも実をみのらせる」エレミヤ17:8

私たちは日々何かに頼って生きている。
自分は何にも頼らず自主独立だと言う
が、人間は被造物なので、何かに頼ら
ずには生きて行けない。神に依存する
事が、人間の真の自立だ。正しく神に
頼らなければ、必ず他の何ものかに頼
る。自分に頼ったり、自分の力や考え
に頼る。しかし、自分の思いは全く頼
りにならない。「心を尽くして主に拠
り頼め。自分の悟りにたよるな」だ。
自分の思いと神のみ思いはしばしば違
う。「わたしの思いは、あなたがたの
思いと異なり、私の道は、あなたがた
の道と異なるからだ」神が「異なる」
と言われる。富に頼る人は多い。富が
自分の夢を叶え、幸せを与え、人生を
保障してくれると錯覚する。しかし残
念ながら、富は愛を与えてはくれず、
罪の赦しも得られず、真の平安も満た
しも無い。大金持ちのザアカイも、名
誉地位財産何もかも持っていたニコデ
モも、資産家の役人も虚しさの中にい
た。ある人は人に依存する。サマリヤ
の女は男性に依存していた。それゆえ
5回の結婚を繰り返したが、心の満た
しは無かった。信仰者は神に頼ってい
る「つもり」だが、本音は違っていた
りする。心の底は神以外のものに依存
している。それは偶像礼拝だ。しかし、
きっちり神に、自分に向き合い、本当
は何に依存しているのか見ない限り、
信仰の成長が無い。見るからこそ、神
依存へと変え、成長させて下さる。
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一瞬一瞬が何かに導かれている。頼
りない、自分自身を含め、鼻で息をす
るものに頼らず、拠って立つべき神様
だけをしっかり見つめていよう。