2008年04月01日(火)

「きょう、もし御声を聞くならば、御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない」ヘブル3:15

カナンに斥候を遣わし、その報告を
聞いた。民は強く、巨人達もいて、
城壁は大きい。それを聞いた時、イ
スラエルの民達は恐れて怯え、不信
仰に陥った。神が与えるとの約束の
地にもかかわらず、不平と不満で一
杯でエジプトに帰ろうとまで、言い出
した。主は「いつまで信じないのか、
わたしを侮るのか」と、つぶやいた
民達は荒野で滅びると告げられた。
すると、それを聞いた民達は、「罪を
犯した。とにかく言われた所へ行こ
う」とカナンへ上って行く。モーセは、
主が共におられないから、行っては
ならないと止めたにも関わらず、上
って行って敗北して帰って来る。行
けと言われれば従わず、行くなと言
われれば、行く。民の姿は、愚かで
不従順な自らの姿かも知れない。
神に従うために「時」がある。時を
逸しては、もう遅い。後から従おう
としても、もう従えない。民達は斥
候が戻って来た時に、信仰に立つ
べきであった。神の約束に立ち、神
を信じカナンへ入って行くべきであ
った。後悔して、上って行ったが、時
すでに遅しであった。神の御声は愛
だ。愛による導きだ。神の愛に応え
よう。あなたも今、何かの導きを受
けているだろうか。御声を聞いてい
るなら、従おう。一歩踏み出すなら、
ますます神の愛を経験して行く。
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踏み出し、従わなければ神様の素
晴らしさをさらに深く知ることできな
い。出発の春だ。今示されたのなら
信仰を持って、導きに従おう。新た
な祝福の地が待っている。