2008年07月03日(木)

「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」箴言3:6

信仰生活で、自分とうまく行か
ない、嫌な相手と遭遇する。近
隣であったり、職場、学校であ
ったり、親族であったり様々だ。
なるべく避けようとする。会い
たくないので、環境を変える。
どうしても嫌なら、職場を変え
たり、引っ越したりする。しか
し、その移った職場で、引っ越
した先で、又、同じような相手
に出会うのだ。又環境を変える。
だが、同じ事が起こる。経験者
がいるかも知れない。何度も繰
り返し、長年かかり、やっと相
手でなく、環境でなく、自分の
問題だと気づく。これもなかな
か気づかない。どう見ても相手
が問題だとしか見えない。これ
に気づいた時、状況は変わらな
いのに、帰るべき所に帰った深
い平安に包まれる。「羊のよう
にさまよっていたが、自分のた
ましいの牧者のもとに帰った」
感覚だ。解放感と安堵感で心が
満ちる。状況しか見えていなか
った目が、神を見る。本当の問
題は自分の高慢だ。人を赦そう
としない頑なな心であり、自分
の内にも実は妬みや虚栄やプラ
イドがある。相手が悪いに、す
り替わるので全く見えない。本
当の問題が見えた時、解決が来
る。どんな中でもやって行ける。
ある人がバイト先を、常に対人
関係で、転々としていたが、目
が開かれた時に止んだ。一つ所
で、様々な主の訓練を、学びを
受け、自分が変えられ、喜びと
成長が与えられている。
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自分の歩む道にまず神様を認め、
ることが先だ。自分自身の問題
を示され、真実に変わろうとす
るなら見るべきものは、神様と
自分。人や環境はその後だ。