2012年12月03日(月)

「私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか」詩篇121:1

        
エルサレムへ巡礼の旅に出る、都上りの歌とある。「山に向かって目を上げる」は、これから巡礼の旅に出るが、大きな困難と危険が横たわる、険しい山々だ。無事に行き着けるのか。切実な思いで「私の助けはどこから来るのだろうか」。エルサレムは遙か彼方であり、幾つもの山々が行く手を阻んでいるかに見える。

当時の旅は、今と違い想像もできないほど困難で危険なものであった。今のようにちょっと都へというわけに行かない。病気になれば一命に関わるし、どんな災難危険があるや知れず、予想不能だ。そんな中で何が助けになるのか。膨大な困難を前に「私の助けはどこから?」との問いに「私の助けは、天地を造られた主から来る」と明快な答えが臨む。計り知れない困難はあるが、その山々を造られたのは主だ。状況も主が御手で治めておられる。「助けは主から来る」。

ある人が証しした。カンニングの不正をしてしまい、とがめが来て、苦しくて苦しくてたまらなかった。誰にも言えずに悩んだあげく、教会に通い始めていた時で、神に心の内の苦しみを祈った。苦しみの山を前に、私の助けはどこから来るのかの御言葉が心にピッタリだった。「私の助けは、天地を造られた主から来る」が、苦しい心に、しっくりはまるかのように答えられた。主と共に対応して行けたと。あなたにも、今、難しい問題があるだろうか。その助けは「天地を造られた主から来る」。御前にことごとく告げ、導きを仰ごう。
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今日一日、どんな出来事の中にも主の守りがあるから感謝だ。私の助けはどこからか・・と山に向かって目を上げたくなる時、主がすぐ側におられることを覚えよう。