2017年08月03日(木)

「からだのあかりは目です。それで、もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るいが、もし、目が悪ければ、あなたの全身が暗いでしょう」マタイ6:22


からだの明かりは目とは、目から、光が取り込まれる事による。目
が光を取り込む窓口になる。その目が健全なら、全身に十分に光が
取り込まれるので、全身が明るく心も明るい事になる。しかし目が
悪いと、光は十分あっても、身体に取り込めない。だから身体の中
は暗く、心も暗い。窓から光が入らない状態だ。

光が無いのでなく、光はそこにあり、ちゃんと輝いている。光の問
題では無い。目の問題だ。見る事が出来ないので、そこに光がある
事がわからない。太陽がさんさんと輝く中で、目を閉じるなら、真
っ暗闇になる。だから、あなたの内の光が、暗闇にならないように
せよと。光は主だ。主は常に輝いておられる。

健全な目=単一の目、一つの目、光である主だけを見続ける時、内
側は健全で明るい。しかし、主に対して目を閉じ、主ではなく、目
がこの世のもの、名誉、地位、富・・様々な偶像に、又、心配事や
思い煩いに、主以外のものに向いているなら、光が入らない。その
時、心は暗く、不安や恐れでいっぱいになる。

又、目が自分の思い込み、偏見、独りよがりでいるなら、光が入ら
ず、心は暗く歪む。見ているものを「よく注意せよ」と。見ている
ものが重要だ。例えば赤い警告ランプが、目が悪く、青に見えてい
たらどうだろう。生死に関わってくる。主を見つめているなら、光
が目の窓から豊かに入り、自分自身は輝く。そして、それは自分だ
けでなく、周囲の人々をも照らして行く。
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目の前の障害がまず目に入り、恵みが満たされていないように感じ
る。それは受けての問題だと、主の光は変わらず十分に注がれてい
ると気づきたい。主の光を全身に浴びて、内からの喜びで輝こう。