2017年09月02日(土)

「今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民 イスラエル人をエジプトから連れ出せ」出エジプト3:10


モーセは、イスラエル人でありながら、エジプトの王子として育て
られた。40歳の時に、モーセは、イスラエル人を救おうとした。同
胞が虐待されているのを見て、エジプト人を殺してしまった。その
事で、遠くミデヤンの地に逃亡する事になった。そしてその何も
無い、荒涼とした原野で羊飼いとして、40年を過ごす事になる。

モーセは、こんなはずではない、何がどうなっているのか、何で自
分が、と思っただろうか。王子としての地位も栄誉も、財も、人脈
も、華々しい栄光を何もかもすべて失ってしまった。余りにも大き
な落差だ。来る日も来る日も、その何もない地で、羊だけを相手に、
40年。

そこでモーセは家庭も持ち、それなりに小さな幸せを得て、落ち着
いた生活をしていただろうか。主はモーセを砕きに砕き、練り、整
え、長い時間をかけて着々と準備しておられた。そんな時、羊を飼
い、やって来たホレブの山で、柴の中に炎があるのに、柴は燃え尽
きない非常に不思議な光景を見た。

「なぜ柴が燃えていかないのか、あちらへ行ってこの大いなる光景
を見ることにしよう」ここで神と出会う事になった。私たちも主に
出会う時、不思議な光景が大いなる光景となって行く。モーセに、
神の大いなるご計画があった。モーセは整えられ、神により用いら
れて行った。今、こんなはずではない、何でこんな事が、の状況だ
ろうか。しかし神にはご計画がある。砕き、練り、整えられて、大
きく用いられて行く。

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人生途上、不意の、突然の思いもよらない事態に遭遇する。何でこ
んな事が自分に、と驚き、怪しみ、わけがわからない。その時には
見えないが、主の愛なるご計画の中だ。全主権を持ち、慈しみ深い
主が「平安と将来と希望」必ず平安の落とし所に着地させて下さる。