2022年06月02日(木) 「それゆえ、アッシリヤの王について、主はこう仰せられる。彼は この町に侵入しない。また、ここに矢を放たず・・」イザヤ37:33
「それゆえ、アッシリヤの王について、主はこう仰せられる。彼は この町に侵入しない。また、ここに矢を放たず・・」イザヤ37:33
ヒゼキヤ王の時代に、アッシリヤのセナケリブ王が、ユダの町々を 攻め取った。王はラブシャケを送り、ヒゼキヤ王と民に脅しをかけ る。大軍を伴い、強力な軍隊を誇示し、挑んで来る。ヒゼキヤは、 主が救い出すというが、王の言う事にだまされるな、信じるなと、 信仰を大きく揺るがして来る。 これを聞いたヒゼキヤは衣を裂き、荒布をまとって主の宮へ行き、 祈りを献げ、イザヤにも祈りを要請した。サタンは私たちにも同じ ように、攻撃を仕掛けて来る。経済的苦境に「常識的に考えて、そ んな大金どこから来るのか。無理だ」「来るわけがない」「祈って も無駄だ」「神もどうもしてくれない」と、サタンは信仰を動揺さ せ、挑んで来る。 仕事の悩み、対人関係の問題に「解決などどこにある」「悩みはず っと続く」「祈ってもだめだ」と私たちの無力を見せつけ、落ち込 ませる。幾ら祈っても何も変わらない、神を信じて何になると、思 い煩いと不安に飲み込まれる。サタンは問題を見せて、そびえ立つ 城壁のごとく大きく見せる。 主を見せないよう、問題に目を釘付けにさせる。このような時には 「祈り」が対抗手段だ。ヒゼキヤもイザヤも祈った。その時、主は 奇跡を行なわれ、主の使いを遣わし戦わせた。その結果、アッシリ ヤは立ち去った。祈りは聞かれた。耳元に来るサタンの攻撃、誘惑 に気づけるように。祈りによって立ち向かおう。主が共におられ る。 -------------- 今日の問題や不安がずっと続くと思うと心がなえてくる。これこそ がサタンだ。最善の明日を知っておられる主を見ていなければ危な い。主に祈り、主を信頼していよう。